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『たまには、音楽でも聴いて現実逃避っていうのもいいのかもしれないよ』
そう言ってミックから渡されたのは一台のウォークマン
最新式のものであればあるほど、機会オンチの自分には無理だと言ったのに
『これは動作が簡単だから、大丈夫だよ』と言って渡されたソレ
選曲はミック・・・ではなく、どうやらかずえさんらしい
いくらミックといえど、さすが日本のJ-POPやわたしが好みそうな音楽まではわからなかったらしい
『最近随分疲れてるみたいだからね、たまには一人でゆっくり音楽でも聴いたらどうだい?』
最近いろいろと(とっても主に僚関係なのだが)ストレスが溜まっているあたしを
見るに見かねての行動だったのだろう
ウィンクをして、手渡してきた小さなウォークマンをしばし見つめてから
あたしは、「じゃぁ、お言葉に甘えて」とこれを受け取った
そんなことがあったのが、たぶん30分くらい前
確かに、このウォークマンは最新式にしてはシンプルで
再生ボタンと停止ボタン、あと音量ボタンさえわかればなんとかあたしでも使える
まだまだ冬の寒さが残るものの、ここは家の中なので冷たい風は感じない
しかも今日はとても晴れていて、日当たりのいい場所にあるこのソファの上はまさに天国
そんな天国を満喫するかのように、あたしはゆったりと腰掛ながら
ウォークマンから聞こえてくる音楽を満喫する
脇には大きなオーディオセットがあるのに、この小さな機械で音楽を聴くというのは
なんとも妙な気分だったが、なんとなく「ま、いっか」と開き直り
かずえさんセレクトの曲たち
を一人で楽しんだ
聞こえてくる曲は、どれも知っている曲で・・・
気がつけば鼻歌を歌っていたり、口ずさんでいたりしていて
誰もいないと、わかっていてもどこか気恥ずかしくて
慌てて口を噤むも・・・・しばらくすると、再び歌っている自分がいた
そんなことをしながら、結構一人で音楽を楽しむのもおもしろいなぁ~
なんて、思っていると次の曲が流れ出し・・・・あたしはわずかに身を起こした
「・・・・・あ、これ」
それはずっと昔に、アニキが歌っていたものだった
古い洋楽・・・アニキ、随分気に入って歌っていた気がするけど
あまりにも音程メチャクチャで、さらに何を言ってるのかもわからなくて
あんまりにもおかして、ケラケラあたしが笑ってアニキを怒らせたもの
たぶんアニキは本気で怒ったわけではなかったんだろうけど
幼かったあたしは必死にアニキに謝ったような気がする
『・・・まったく、香はしょうがないなぁ』
・・・結局最後はそうアニキが言うと、あたしを抱き上げてくれた
確か、「これからは無闇に人を笑うんじゃないぞ」とか言われた気がする
その言葉に必死に頷いて、・・・そして、「じゃぁ、仲直りのしるしだ」とか言って
アニキの膝の上に乗ったまま、一緒にこの曲を歌った
「なつかしいなぁ」
目を閉じれば、あのときの情景が浮かんでくる
アニキのはずれた音程にあわせて、2人でメチャクチャにこの歌を歌った
狭いアパートで2人笑いあいながらも、途切れることの無かったメロディ
あの頃2人で歌った旋律が、今自分の鼓膜を震わせていることが不思議だった
2人一緒に歌ったこの曲は、今あたしにしか聞こえない
あたしにしかわからない・・・・なつかしく、そして、ちょっとだけの切なさが胸にこみ上げてくる
(・・・・アニキ)
もっと聴きたくて
もっとこの曲に包まれたくて
音量を上げようとウォークマンに手を伸ばそうとした、そのとき
「んだぁ?何してんのおまぁ?」
「・・・・りょう?」
いつの間に帰ってきたんだろう?目の前に立つ男に驚き目を見開いていると
僚は目ざとくウォークマンを見つけると
「あー・・・ミックが言ってたのはこれか」と言って無理矢理それを取り上げるた
そして、そのまま曲の停止ボタンを押してしまった
「あ、ちょっと!何すんのよ!!」
「こんなもんしてたんじゃ会話も何もできねぇだろうが・・・しかも、おまぁ今さらにボリュームあげようとしてただろ」
「してだけど・・・そ、それがどうしたのよ?」
「どうしたのじゃねぇつーの・・・こんなもんに夢中になりやがって、俺が来た気配にも全然気づいてなかったじゃねぇか、もし敵にでも侵入されてたらどうすんだよ」
「・・・・そ、それは・・・っ」
僚の言葉に反論できなかった
いつだって狙われているあたしたちに、気配が感じ取れないというのは致命傷だ
そうでなくても、あたしは気配を読むのが下手なのだから、物音が聞こえなくなる
この手のものは、ある種自殺行為に等しいのかもしれない
いくらここがアパートの中だからといっても100%安全と言うわけでもないのに・・・
「・・・ごめん」
なつかしさとか、もっと思い出に浸りたかったとか・・・そんなの甘えでしかない
僚の言葉に素直に謝罪の言葉を吐けば
僚もわずかに居心地の悪そうな顔をしてみせた・・・
(本当に、パートナー失格ね・・・また僚に迷惑かけちゃうとこだったわ)
せっかくミックが貸してくれたものだけど、さっさとミックに返してこよう
もう十分リフレッシュさせてもらったし、別にいいわよね・・・
そう思って立ち上がり、僚からウォークマンを取り返そうとした・・が
「でも、ま・・・アレだ」
僚は再びあたしが伸ばした手を避けるようにウォークマンを持ち上げ
そのまま、再びあたしを座らせると、同じように自分を隣に腰を落ち着けてきた
「俺なら音楽だろうが、何を聞いていようがちゃぁーんと気配は探れるしぃ~?
・・・・一緒に聴く分には、いいんでねぇの?」
「・・・・僚も、聴く・・・の?」
滅多に使われないオーディオから、僚が好んで音楽を聴くヤツだとは思えず
思わず目を丸くするあたしに、僚はわずかに居心地悪そうに視線を逸らしながらも口を開いた
「それ、かずえちゃんのセレクトなんだろ?だったら彼女の好みを知る絶好のチャンスだからなぁ~、ミックが居ないときにでも、かずえちゃんを口説くのに使えんだろ?」
「・・・・あ、アンタってヤツはっ!!!」
「またそんなくだらんことをっ!!!」そう思ってハンマーを召喚させるよりも早く
僚はウォークマンの再生ボタンを押した
そのままちゃっかり先ほどまであたしがつけていたイヤホンの片方をつけ、そして・・・
「ホレ、ボサっとしてねぇでさっさと付けろ」
「って、ちょっ!!」
つけていないもう片方を無理矢理あたしの耳へと押し込む
聞こえてきたのは、先ほど聴いた懐かしいメロディ
片方からしか聞こえない柔らかい旋律は
確かに先ほどまであたしが独占していたものなのに
すぐ近くにある僚の気配が、もうこの曲があたしだけのものでないことを教えていた
(・・・・・なんか、似てるなぁ)
歌ってはいないけど
喧嘩をしたわけでも
膝の上に乗っているわけでもないけれど
あの狭いアパートで、アニキと2人歌ったときと・・ちょっと似てる気がした
まだ意地を張らなかったあの頃、素直にアニキに甘えられたあの頃に戻れたような
そんな錯覚を覚え・・・あたしは、そっと僚へと寄りかかった
「・・・・イヤホンが取れそうだったのよ」
「何も聞いてねぇけど?」
あたしの照れ隠しに、僚はニヤリと笑うと
「半分だと聴こえずれぇな」と言って音量を少しあげた
突如少し大きくなった音にビクッと身体を震わせれば
さらにニヤニヤとした笑みを浮べる男に
今度こそミニハンマーを投げつけた
その後も、たまにじゃれあいながらも
あたしたちは、2人で小さなイヤホンから聞こえてくる音楽に聴き入った
柔らかな日差しが降り注ぐその場所で
2人寄り添いながら、半分ずつ1つの音楽を共有する
なんともおかしな音楽の聴き方だと思いながらも
あたしも僚も文句を言わず、ただ黙って音楽に耳をすませた・・・
そんな・・・・ある晴れた冬の日の午後
BGM 「OVER」 by 鮭P (ニコニコ動画/sm6789505)
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