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メグメル



気がつけば、たゆたう空間の中にいた
真っ白で、優しい風が吹く場所
風に抱きしめられるかのように柔らかな場所
このままどこかに飛び立ってしまいたいような
そんな気分にさせる場所で、あたしはぼんやりと上を見ていた


「・・・行かなきゃ」


なんとなく、ここに居てはいけない気がして
足を踏み出す
けど、どこに行けばいいのかわからなかった
ただ、上に行きたかった
上へと続く階段、上がれば上がるほど軽くなる体
軽くなっていく心


ぼんやりとしていく思考の中で
わずかにこのまま行っていいのか考える
ほんの少し過ぎる不安・・・
けれど、足は止まらなくて、止められなくて
ゆっくりと一歩一歩踏み出していく


(・・・・いい、かな)



このまま上っていけばいい
このまま上へ
そうすれば、きっと大丈夫
不安なんて無い・・・これでいい・・・そう思って足に力を入れようとした
・・・そのとき


『・・・香』



ピタリと、足が止まった
ずっと上だけを見ていた視線を下げ
ゆっくりと後ろを振り向く


『・・・・逝くな、香』

「・・・・だ・・・れ・・・?」


今まで聴いたことのない、声がした
これは、誰の声?呼んでるのは、だれ?



『まだ・・・逝くな』

「泣いて、る・・・の・・・?」



わからない、誰かなんてわからない
でも声の人が泣いてる気がして
自分が原因のような気がして
それはとても罪深いことのようんで・・・

あたしは上りかけていた足を戻し・・・そして


『・・・・香』

「・・・・りょ・・・う・・・・」


ポツリと口から零れたのは、『名前』

知らないはずの『名前』でも、でも、とても馴染んだ『名前』
わからない、知らない・・・でも、『知ってる』
あたしはこの声を・・・『名前』を・・・・『男』を・・・・



『戻って来い・・・香ッ』


悲痛な声
泣きそうな声

嫌、そんな声・・・聞きたくない
だって、この声は・・・もっと明るくて、優しくて・・・


「りょ・・う・・・りょう・・・・・僚?」


ぽつり、ぽつりと名前を呼び
あたしは一段、また一段と階段を降りる・・・・そして・・・・


「・・・っ!!!?」



あたしは、まるではじかれたように勢いよく階段を駆け下り始めた
上に行かなきゃいけないという思いを投げ捨て
軽くなった体は階段を下りるに比例して重くなる
逆に、ぼんやりとした思考は一段一段降りるごとにすっきりしていく
『アイツ』があたしの中で・・・・蘇る、溢れる・・・・



『おい、ぼうず・・・後ろのやつらはお前の仲間じゃないんだな?』


『おれには血と硝煙と、そして薔薇の香りがよく似合うと
・・・おれは都会のスイーパー、人呼んでシティハンター』



あぁ、馬鹿ね・・・なんでなんで、忘れたりしたんだろう・・・
こんな馬鹿なヤツ世界中探したってたった一人しかないじゃない




馬鹿で、変態で、仕事もろくにしないぐうたら野郎で
さらに、どうしようもないもっこり馬鹿
・・・・でも、誰よりも・・・・不器用で、優しい男・・・・



『俺は愛するもののために何が何でも生き延びる!!!』


『それが俺の・・・』




「りょう、りょう・・・・リョウっ!!!」



なにより・・・・あたしがこの世で・・・たった一人・・・・



『愛し方だ』



愛した・・・・男





「りょぉおおおおおっ!!!」




ゴールのような光を見つけ、あたしは何も考えずに階段を飛び降り
その光へと飛び込む
何段も何段も、一気に飛び越していく・・・・落下する
はるか下へ・・・光の中に落ちていく・・・



でも、恐怖は無くて
そんなもの感じられなくて
ただどうしようもなく・・・切なくて・・・会いたくて・・・・



あたしは・・・必死に「光」に向って両手を伸ばし・・・



『・・・・香』

「僚・・・今、行くからっ」




戻るから

今行くから

だから・・・・



「・・・泣かないで・・・僚」



(一人になんて、しない・・・・絶対に・・・・しないから)




そう呟くと同時に、あたしは急速に意識は遠のき・・・・
そして・・・・消えた・・・・・・




***************





目が覚めた・・・かすむ視界、重い体、鼻につく薬品の匂い
そして、カーテンの隙間から差し込む・・・光
それらを確認しながら自分が『戻ってきた』のだとぼんやりと考えていると
あたしのすぐそばにいる男に気づいた



「・・・・・・りょ・・・」



あたしの寝ているベッドに突っ伏して眠っている男
少し見ただけでも疲れている様子が見受けられ
わずかに心が揺らぐも、触れずにはいられなかった


「・・・・っ、・・・・・・かお、り?」



わずかに触れた感触で、ゆっくりと目蓋をあげあたしを見る男
最初はぼんやりとしていたものの、それも一瞬ですぐに正気に戻ると
「香」とはっきりとあたしの名を呼んでくれた・・・・それがどうしようもなく嬉しくて
重く悲鳴をあげる体を無視して口を開いた



「た、だ・・・ま」



痛みと掠れた喉で、ちゃんと言えなかったけれど、でもそう言って笑ったら・・・
僚は一瞬泣きそうな、困ったような複雑な顔をして
顔を伏せてくしゃりとあたしの頭を撫でてくれた



「おせぇんだよ・・・ばぁか」



そう言った男の目から、一粒だけなにかが流れた気がしたけど
あたしは何も言わずに、撫でてくれる手の感触だけに集中するように目を閉じた














『メグメル』 by eufonius

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