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史上最悪の劣悪な恋







普段とたいして変わりのない朝食
ただ、ちょっと珍しいことと言えば、ハンマーでたたき起こした相棒の男がむしゃむしゃと向い合せにご飯を食べていることぐらいか
普段であればもう少し手こずるのに・・・むしろ、普段からこうであればこちらの手間が少しでも省けるのだが・・・と内心溜息を吐きそうになり
慌てて、目の前のお味噌汁をすする


(あー・・・お味噌汁うまー・・・やっぱり日本人の朝ごはんにお味噌汁は必須よねぇ)


炊き立ての白いお米に、お味噌汁
そして、ちょっとした野菜の副菜に、メインの焼いた塩鮭(もちろん特売品)
まさに日本人らしい朝食に、自分でつくったものとはいえ少し和みそうになる


(・・・それだっつーのに、この男はあいかわらずガツガツ食ってやがって・・・・少しは味わって食べればいい・・・もの・・・を・・・)



「・・・・ぁ」

「んぁ?・・・・どうかしたか?」

「え・・・いや、ううん。別に?・・・あー、今日もごはんがおいしいなぁって思っただけ」

「あ?・・・まぁ、食えなくはないわな
・・・・・・・けどなぁ、こぉーんだけ作ってんだからもう少し料理の腕があがっても、ぐぇっふ」

「言うとわかってても、やっぱり人間言われると腹がたつもんなのねぇ、勉強になったわ」

「ぞ、ぞれはよがった・・・な・・・(ガクッ」


スコーーンッッッと僚の顔面にミニハンマーを叩きつけ、香は再び朝食に手を伸ばす
もぐもぐ、と味を噛みしめ・・・そして、ポツリと「ほんと・・・・おいしいな」と呟く香に、僚は一瞬視線を向けるものの
特に何かを言うこともせず、香同様箸を手にし、先ほどよりもいささか乱暴にガツガツとご飯をかきこんだ



その後、香はいつも通り食器を片づけ、僚のためにコーヒーを淹れると
次に掃除に洗濯と無駄に広いアパートをパタパタと慌ただしく小走りで走り回る
くるくると走り回る香を、僚は内心「アイツの前世はリスかなにかか?」などとぼやいたことにも気づかず
香は自分の仕事に集中する


「・・・・さて、あとはシーツを屋上で干すだけ、か」


一通り掃除を終えると、香は洗い立ての籠にシーツを詰め込むと
足取り軽く屋上へと向かう
途中「よっ、ほっ、とっ!!」と妙な声をあげつつ階段を一段抜かしで飛び越え、重いコンクリート製の扉を開ける


「・・・・んっ、やっぱり・・・いい天気ね」


都会の中ではなかなかお目にかかれない広い青い空に、香はわずかに目を細めると
階段を上ったときとは逆に、静かに物干し場に向かう
濡れたシーツは結構な重さではあるものの、日頃やっていることもあり手慣れた仕草でシーツを一枚一枚干していく
バッッと音をたて白いシーツを干せば、わずかな風にバタバタと音をたてたなびく


冬から春へと季節をかえつつある季節
まだまだ空気は温かいとはいえないものの、風に凍てつくような寒さは感じられず
少しずつではあるものの、春が近づいてきていることを感じ取ることができた
パタパタと音をたてるシーツの音色を聴きながら、香はゆっくりと目を閉じ、軽く息を吸い込んだ



「・・・・・・馬鹿よねぇ、今さらじゃない」



朝食を食べているときに、ふいに脳裏をよぎったソレに思わず動揺した
当たり前にある、目の前の風景、立っている場所
幻想なんかじゃない、確かな現実だとわかっていても
その現実は・・・おそらくほんの少しの衝撃で壊れてしまう可能性がある

・・・・・そんなことは百も承知で、そうならないように香は香で気を付け、かつ目の前の現実を守ってきた
目の前の現実が壊れる、ソレはきっといくつもの条件があるが、最大のものは・・・・香が「女」になるときで間違いないだろう

香は僚を愛してる
心から、自分の命を差し出したとしてもあの男を守りたいと思うくらいには、あの男を愛してる
けれど、この想いは先ほどの『条件』から報われることはない
一生口にしない想いだ、叶わぬ恋・・・・いや、愛だろう


それでも、にじみ出るもの・・・・やはりある
言わないと決めても、叶わないとわかっていても、ソレは自然と自分の行動に影響を与えている

例えば、僚のために料理をすれば、おいしいと思ってほしい・・・健康面に気を遣うのは彼の体を思ってた
毎日する掃除だってもっと手を抜いていいのに、僚に気持ち良くすごしてもらいたいから頑張る
洗濯も、清潔なものを僚に身に着けてもらいたい、ちょっと服のほつれがあれば自然と別にして治して戻してる

一つ一つが、僚につながってる
僚に喜んでほしい、という気持ちで動いてる

だから、目の前で自分が作ったものを食べてもらえればうれしい
綺麗に掃除した部屋でのんびりしつつ、リラックスしてる姿をみれば心が和む
洗濯して、ほつれた服をさも当たり前のように着てくれれば、なんとなく「よっし!!」と心の内でガッツポーズをとる


でも・・・・・それは、あくまで・・・・・「あたし(香)」の気持ち、なんだ


僚は、食べられればなんでもいいのかもしれない
適当に掃除してあっても、最低限寝られる場所があればそれで十分なのかもしれない
服だって別にほつれていれば適当に捨てて、新しいのを買うかもしれない、普段着る服はたまたまあるから着てるだけなのかもしれない


「・・・・・・・わかってるんだけ、なぁ」


わかってるし、覚悟だってしてる
あたしがやってるのは自己満足で、依頼で力になれないから、相棒としてサポートするにはあまりにも力の差があるから
せめて、せめて自分にできるところでサポートしたい・・・・そんな自己満足だって、わかってるのに


・・・・それでも、気づいてしまえば・・・
冷静になって、自分を顧みれば・・・・どうしようもない痛みが、あたしを襲う



風が・・・・吹く
屋上に干したシーツを揺らし、あたしの髪を軽く持ち上げて過ぎ去っていく
わずかに温かな風は、まるで誰かの手の愛撫のように優しいのに
頬を濡らす存在を、これでもかと感じさせる
・・・・まるで、優しくも、決して夢をみせてくれない男を彷彿させるようで、余計に胸が苦しくなる




(ああ、そっか、・・・・・あたし、知らないうちにこんなにも、)




------------ 前よりもずっと・・・・・僚を愛してしまったんだ



果てなんてないくらいに、貪欲に・・・あたしは僚を求めてる
雁字搦めに縛って、溺れないように必死に抵抗しても
気が付けば惹かれている・・・・愛しいと、感じている


たまに振り返ってくれても、優しくしてもらっても
僚は決してあたし一人のものにならないとわかっているのに
どんなに僚に尽くしても、それは自己満足でしかないのに
この想いは決して交わらない・・・平行線状のものだとわかっているのに・・・・



「ほんと・・・・ばかだなぁ」



なんで、あんな男を愛してしまったんだろう
なんで、離れられないだろう


金銭感覚だってデタラメで、常にツケつくって、他の女にふらふらして
けど、相手が本気になれば、なんだかんだと言い逃れして逃げて・・・
滅多に優しくしてくれないうえに・・・一人のものにならない、風のように掴みどころのない男
きっと、本当の意味で・・・女の敵だとも言えるような男

そんな男を、ずっと想い続けるなんて・・・・どうかしてる
ただただ、自分だけが空まわって、傷つくだけかもしれない
もっと、もっと、泣くかもしれない・・・面倒なんてもんじゃない、手の施しようのない最悪の恋愛環境なのかもしれない


いっそ、全て壊して、粉々にしてしまえば・・・・なかったことにしてしまえば
『救われる』のかもしれない・・・・・・



・・・・でも




(・・・・・馬鹿だなぁ、ほんと・・・・・あたしって、馬鹿だ)



一生報われなくても
空まわりでも
傷つき続けても
至上最悪な劣悪恋愛環境だとしても





手を離せない

この現実を壊したくない

優しくしてくれなくても、一方通行でも、一生報われることがなくても・・・・





(傍に、居続けて・・・僚と過ごしたい・・・・なんて、ほんと、馬鹿だぁなぁ・・・・)




目の前でパタパタと踊るシーツ
なんの変哲もないそのシーツが、僚のものだと思えばそれはどうしようもなく愛しいものに変わる
たかだがシーツ一枚で、こんな風に考え、愛しいなんてすんなりと思える自分は、きっともう手遅れなんだと思う
なにもかも壊して、なかったことにしてしまえば・・・・それこそ、あたし自身が死んでしまう


それくらいに、冴羽僚、という男の存在は・・・香の中で大きくて、当たり前で、自然で・・・・




理屈とか、常識とか、そんなもんどうでもいいわっ!!と投げ捨ててしまえるくらいに







「 愛してる よ 」










パタパタと揺れるシーツを眺めながら
頬をひんやりと濡らすそれをぬぐい、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた













fin


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twitter お題
R&Kへのお題:交わらないもの、平行線。/(ああ、そっか、知らないうちにこんなにも、)/面倒な恋ならば粉々にしてしまえ




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