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水槽の中のテトラ






パラレルです。香が人魚です

苦手な方はご注意ください












 


「・・・・・・・なんだ、これ?」




なんとなく、覗いた空き箱の中
その中にいたのは、ちょいと大きな瓶
ただの瓶だったらそれこそ、興味はないのだが
その瓶の中にあったものに、思わず眼が点になる




「・・・・にん・・・・ぎょ?」



口に出して、「いやいや、そんなまさか」と思いつつも
その視線は瓶の中身から一切逸れることはなかった
まじまじと見た瓶の中身は、水がたっぷりと入っており
その中に窮屈そうに目を閉じた女の姿があった
これだけでも、十分驚くと言うのに
・・・・女の足の部分は、魚の鱗で覆われた




そう、童話に出てくる「人魚」が今目の前にいた




「よくできた人形・・・・か?」




なんとか現実逃避をしようとしたものの
少女・・・人魚の口からは息をしていることがはっきりとわかう気泡が溢れており
胸もそれに合わせて上下しており・・・間違いなく「ソレ」が生きていることを示していた
様々な憶測が脳裏を過ぎ、どれが正解かを必死に探していると
ついに、瓶の中で眠っていた人魚の目蓋が震え・・・ゆっくりと目を開けた




「あ、あー・・・・・よ、よぉ、ごきげんいかが?」





バッチリ人魚の少女と視線が合ってしまったものの
なんと口にしていいのかわからず
半ば呆然としながら、口に出した台詞に、自分で「何を言ってるんだ」と頭を抱えたくなった
だが、そんな内心など表面上は綺麗に隠し笑みを浮べれば
ぽかー・・・んとした表情の人魚は、にっこりと笑みを浮かべたのだった






それから、俺と人魚・・・香との奇妙な生活が始まった
俺はまず、香のために熱帯魚を飼うための水槽を用意し
香をその中へと移した
小さな香はその中をすいすいとうれしそうに泳ぎまわった


こうしてみれば、魚だな・・・コイツと思いながらも
俺はそんな香の様子を面白そうに眺める





『・・・・りょう、ありがとう』






時折聴こえてくる女の声・・・最初は誰かが自分の背後にいるのかとも思ったが
それがこの小さな人魚から発せらえた声なのだと気づくのにそう時間はかからなかった
そう多く聴こえない上に、とても小さな声は聞き逃してしまいそうだが
それでもしっかりと俺の耳に届いていた



「どういたしまして・・・・つーか、さすがにいつまでもバケツつーのもな
まぁ、気に入ってもらえたなら、なによりってね」



そういえば、香は嬉しそうにくるりと水中をまわり、にっこりと笑みを向けてくる
感情を素直に表す人魚に釣られるように、俺もわずかに口角をあげた




(・・・・気紛れ、だな)




それが最近の俺の内心での口癖になりつつあった
ただ、なんとなく・・・この目の前の小さな生き物に興味を持った
教授などに渡した方が、もしかしたらいいのかもしれないとも思ったが
俺はこの不可思議な人魚を手元に置いたまま生活を続けていた



水中を気持ち良さそうに泳ぐ姿を眺めるのが俺の日課になった
食事は乾燥わかめなどで事足りた
香の水槽はリビングではなく、僚の部屋にある
まぁ、汚れたらぶーぶー文句を言って、ちっこいハンマーをこれでもかとぶつけてくるが
それ以外は、比較的香はおとなしかった


水槽の中ですいすい泳ぎ、何が嬉しいのかにこにこと笑っている
そして、俺に気づくとひらひらと手を振る



「・・・・・なぁ、香・・・・調子がいいなら、いつもの頼むわ」




ベッドサイドに置いてある灰皿に煙草を押し付け言えば
香は得意げな顔をして「任せて」といわんばかりに頷くと
そのまま水槽から顔を出し・・・・歌を歌いだした



それは俺が聞いたどの言語とも違う
・・・いや、人間の言葉ですらないのかもしれない
か細く綺麗な女の声で紡がれるのは・・・『人魚の歌』


かつて船乗りたちがその歌に聞きほれ難破したと伝えられる歌は美しく
俺の中へとじんわりとしみこんでくる
このしみこんでくるものがなんなのか、今の俺には判断がつきかねるが
それでも、俺は香の歌が好きだった


それこそ、毎夜毎夜繰り広げていた夜遊びを早々に切り上げてしまうほどに・・・・



・・・・・だが、この生活はそう長くも続かなかった
俺はいつものごとく、俺の「裏世界No1」という称号を奪おうとする連中に追い掛け回され
結局4日も家に帰ることができなかった


くたくたになった体を引きずり、香の元へと行けば
そこにはいつも満面の笑顔で出迎えてくれる人魚の姿はなく
代わりに、水槽の中に設置した、岩にもたれかかり苦しげな表情を浮かべていた




「香っ!!?」




疲れも忘れ俺が水槽に慌てて近づけば、香は弱弱しく微笑む
その姿があまりにも痛々しく、また、なんでこんなときにまで笑うんだ!!という
八つ当たりにも似た怒りを覚えたものの
今は香を優先させるためぐっと堪える



香がこうなった原因は・・・「水」だ
俺が留守にしている間、水が汚れていた
香は綺麗な水の中でしか生きられない
最初香から説明を受けたときに聞いていたというのに・・・
俺はなぜもっと早く帰って来られなかったのかと自分に苛立ちながらも
香を一旦水槽から出し、水槽を掃除し、水を入れ替え、香を再び戻した
・・・・幸い、香はすぐに元のように元気に泳ぎ回るようになったが
・・・・・俺は、前のように香を見ることはできなかった



そして、ある決意を抱き、香を外へと連れ出した



夜中に車を走らせ、やってきたのは・・・海だった
少しでも綺麗な水の場所がいいだろうと、東京湾ではない、関東郊外にある海を目指したため
夜中に出発したものの、もうすぐ日が昇るとわかるほど、空が明るくなっていた




『・・・・りょう?』


「・・・・・香、おまぁ・・・・海からきたんだろ?なら、もう戻れ」




香は不安そうな顔から、驚きに眼を見開き
そして激しく首を横に振る
・・・・・今更だが、俺みたいな男のところにコイツが居るほうがおかしい
今回はまだ外で襲われたからいい
だが、もし、今度家に敵がきたら
銃弾が水槽を打ち抜いたら
もっと長い間・・・俺が留守にしていたら




・・・・・香の命の灯は・・・消え去る




『歌・・・嫌いになった?りょうは・・・・あたしがっ、嫌いに・・・・』



「もう飽きたんだよ・・・そもそも、俺がおまぁみたいな魚に、興味抱くはずもねぇだろうが」





か細い問いかけに、残酷な言葉を投げつける
少しでも酷く見えるように軽薄な笑みも浮べる
少しでも早く、俺を忘れるように
俺のことなんて、最低野郎だと、思えるように




「だから、帰れ・・・・もう、ここにお前の居場所は無い」




はっきりと言い切れば、香は眼を見張りながらもうなだれ
そして・・・・こくりと頷いた





『・・・・・わか・・・った・・・・・りょうの、じゃまは・・・・しない』





顔をあげれば、香は笑っていた
できそこないの、泣きそうな顔
・・・・だが、俺はそれに気づかぬように「そうか」とだけ呟くと
香を入れていた容器から、海へとゆっくりと流し込んだ・・・・




するりと容器から流れ出た香はそのまま海へと戻った



(・・・・これで、いい)





俺は再び香が浮かび上がってくる前に背を向け車へと戻ろうとした
後悔などない
これでいい、そう何度も自分に言い聞かせ・・・・だが




「りょうっ!!!!」





脳に直接届くような不思議な声ではない
鼓膜を振るわせるその声に・・・・俺は、足をピタリと止めた




「・・・・・かお・・・・・り?」





まさか、と思い振り返ればそこに居たのは、あのちっこい香ではなく
遠目からでもわかるほど、はっきりと輪郭を現した
人と同じ大きさの・・・・香だった





「短い間だったけど、ありがとうっ、僚!!!」



「一緒にいてくれて、わがまま聞いてくれて、ありがとうっ!!」



「あたしの願い、叶えてくれて・・・・ありがとうっ!!!」





一気に言い放ち、ブンブンと手を振る香に、僚は呆然としつつも
わずかに眉を寄せる




(・・・・あの、バカが)




必死に手を振り、笑っているのに・・・・その顔は決してあの笑みではない
涙目に、涙声、それでも、必死にできそこないの笑みを浮べている香に
俺はその場を立ち去らねばという思いをかなぐり捨て
再び、香へと近づけば、香もまた、わずかにおどおどしつつも俺の近くへと寄ってきた



「・・・・おまぁ、なんででかくなってるわけ?」


「あ、これはね・・・・魔女のおばあさんにお願いしたの、僚に会いたいって
そしたらね、おばあさん、あたしの体を小さくしたら願いを叶えてくれるっていったの
で、僚とお別れしたから自働的に戻るって言ってたから・・・たぶん、そのせい」


「・・・・・・俺、おまぁと前に会ってたっけか?」



「・・・・・・前に、僚が船と一緒に沈んじゃったことがあったの、覚えてる?」



あった・・・・それはふた月ほど前
依頼である船に侵入したのはいいが、バカが自爆しやがったために
俺もそのバカと一緒に沈む船で命を落としそうになった
・・・・だが、悪運が強かったのか、意識を取り戻したとき、俺は天国ではなく
近くの浜辺に打ち上げられており、自分でも「奇跡だな・・・・」と思ったもんだが・・・・




「あのとき、あたしがさ・・・・僚を助けたんだよ
・・・でも、僚は人間でしょ?人魚は人間の前に姿をさらしちゃいけないの
だから隠れてたんだけど・・・・・僚、意識が戻ったとき、全然嬉しそうな顔してなくて
それがなんだかすごく悲しくて・・・・
それで、魔女のおばあさんに僚に会いたいってお願いしたんだ」




そう・・・・そうだ・・・俺はあのとき、「また、死ねなかった」と思った
また生き延びちまったって・・・・



「あたし、僚にそんな顔してほしくなかった
だから、僚が嬉しそうな顔をしてくれるのが嬉しくかったんだ
歌を歌ってて言われるのが嬉しくて、笑ってくれるのが嬉しくて・・・・
・・・・・・でも、僚のお荷物には、なりたくない」



そう言った香の顔に笑みは無かった
泣きそうに顔を歪めつつも、必死に涙を堪えながらも顔を俯かせ
「だから、僚がいらないって言うなら・・・」とか細い声で言う香を・・・
俺は無意識に抱き寄せようとしたものの、ぐっとこらえた


死にたがっていた
死に場所を探していた

それでも、気紛れで拾った人魚と共に過しているときは
「死にたい」なんて一瞬たりとも思わなかった

(そうだ・・・・俺は・・・・死を求めなくなっていた・・・それどころか、今更・・・・)


『生きたい』と無意識の内に望むようになっていた
人魚の歌を聴いて自分の中にしみこんできたのは
この歌をもっと聞いていたいという願望
この笑みをもっと見たいという切望

生きて、コイツと共に・・・なんていう、バカみたいな願い


だからこそ、香を殺してしまうかもしれない現状が恐ろしかった
所詮は人魚と人間
共に歩むことなどできやしない、そう思えてならなかった
このわずかに共にした時間も、夢や幻のようなものにしてしまえばいい
・・・・・・・・そう・・・・思った・・・・・なのに・・・・・・・



「・・・なんで、おまぁは・・・・」


「・・・・・・りょ、う?」


「毎回毎回バカみたいに笑いやがって、ちっとは自分の心配しろっつーんだよ」


「え?え?」



抱き寄せることはしなかった
代わりに、香の腕をとり、それをぎゅっと握り締める
香が驚き、わずかに痛みを訴える表情を浮かべるものの
それでも、俺は香の腕を離さなかった




「そうじゃねぇと・・・・悪い人間に捕まって・・・・一生、このままだぞ?」



香の目が、再び驚きに見開かれる
その顔を今度は真正面から眺め・・・・俺はわずかに苦笑を浮かべた



「捕まえてて、くれるの?」

「・・・・ザンネンながら、俺はお世辞にもいい人間なんて言えねぇからな」



そう、俺は『悪い人間』だから
人魚がいれば、逃がしてやるなんつー善人的行為は似あわねぇんだよ
悪人は悪人らしく、お姫さまを攫っちまったとしても誰も文句はいわねぇだろ

自分の願望に素直になって何が悪い
守れないと心配するくらいなら、一生かけてコイツを守りぬいてみせるさ
コイツが・・・・それを、望むので・・・・あれば・・・・



「・・・いいよ、僚になら・・・・ずっとずっと、捕まえられてもいい、捕まえてて、欲しい」



愚かな人魚姫は悪人に掴まれた腕に手を重ね
ポロポロと涙をこぼす
涙は真珠となり、いくつもいくつも海へと落ちていくが
悪人はその真珠には手を伸ばさず、代わりに、涙のお姫さまの唇をそっと奪った



これは、人魚姫の物語
小さくなってもいい、陸にあがった人間を追いかけた物語
追いかけた人間は王子様ではなく、自分を『悪人』と言っても
人魚姫はその悪人を愛し・・・・悪人の傍に一生居続けましたとさ







『水槽の中のテトラ』 song by 石川智晶

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