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香をパートナーにしてから、裏の仕事・・・特に殺しの仕事は極力受けないようにしてきた
・・・それでも、避けられぬ場合もまた必ずしもある
それが、今夜のような時・・・
ビュゥッと強いビル風が耳元で唸り声をあげつつ全身に襲い掛かる
今宵、このビルからターゲットを狙撃する
周囲をビルで囲まれ、さらには死角という死角が少ない場所からの狙撃
それこそ狙いは一瞬で、タイミングを逃せば依頼は失敗となる
一瞬、それこそ些細なものが失敗へとつながる
さらには今日は一段とビル風が強い・・・
ライフルのセットは終了し、いつでも狙撃できる準備はできているものの、入念に確認作業を行う
以前のままであれば、任務の失敗は自分の信頼を落とし、名を汚すだけで済んだ
だが、今となってはそれ以上のしっぺ返しが待っている
裏の任務を失敗すれば、間違いなくその矛先は「香」へも向けられる
表から香を襲う雑魚とは違う、正真正銘の『殺し屋』が香へと牙をむける
もちろん、そいつらに香をどうこうさせるつもりはないが、不穏分子は少しでも少ないに越したことはない
「・・・風が、安定しないな」
スコープの中を覗き込みながらも、強く、弱く、と形を変える風の強さに内心舌打ちをするものの
それでも、今回は遠距離からの狙撃で、という依頼人から強く言われているため、愛銃を使うことはできない
「殺しちまうことには変わりないだろうに・・・・」
遠距離のほうが身元がバレないとでも思っているのだろうか・・・そんなヘマなんざするわけがないというのに
まぁ、それで依頼主が納得するなら特に反発することもないだろう
『人を殺せ』とそう命じたという事実は確実に残るのだから
短距離でも遠距離でも、「銃」を使って他人の命を奪う
目の前で命を奪うのと、遠くから奪うのではやはり感触として多少なりとも違うものがある
特に違うのは・・・目の前で逝ったときの生気が失われていく、あの目を見なくて済むことだろうか
ゆっくりと生気を無くしていく寸前に見せる恨みがましいあの目
一体何度、あの手の目を見てきたのか・・・最後の最後まで生きた証を残すかのごとく強く光り、そして消えていく
数えきれないほど見てきたし、今さら何かを感じることもない
ただ・・・・ただ、最近は、常に強烈な光を宿す女がそばにいるから
だから、あの生気を失った目を目の前で見た後、アイツを見るのがほんの少しいたたまれなくなる
「・・・・ったく、やってらんねぇな」
脳裏をかすめた女の姿に、集中力がわずかにブレるのを感じ、そっとライフルから離れた
腕時計で時間を確認すれば、ターゲットが到着するまでまだわずかに時間がある
はためくコートから煙草を取り出し、風から守るようにしながら火をともす
急速に夜の街へと流れていく紫煙を見送りながら、そっと目を閉じる
(もう・・・アイツは寝たころか・・・?)
今日も今日とて『夜遊び』に出かける自分を、しかめっ面で見送った女の姿が瞼の裏に鮮明に浮かび上がる
あいもかわらず「つけぇ作ってんじゃないわよ!!」と怒鳴っておきながら、どことなく不安そうな目をしていた姿に
薄々ではあるのだろうが、勘付かれているのかもしれないという予感を抱かせた
それでも、アイツにこの『仕事』のことを話すつもりはない
まだ、アイツは引き返せる場所にいる
本当の『地獄』を知らなければ、あの白く無垢な手を、瞳を汚すことが無ければ・・・
・・・・・・まだ、戻れる
「戻すさ・・・それがアイツのためだかなら・・・なぁ、槇村」
かつての相棒に確認を取るように言葉を漏らすものの
脳裏で自分に向けてほほ笑む女の姿がチラついてやまず
ゆっくりと瞼を閉じた
瞼を閉じれば、より鮮明に香の姿が浮かぶが、僚はその香の姿をかたっぱしから消していく
そして、香の姿が一つ、また一つと消えれば、そこに広がるのは仄暗い闇の世界
まるで、自分自身もその闇へと溶け込んでいくかのように、全ての思考をシャットアウトしていく
命を奪う、その瞬間に・・・「情け」という邪念が入らぬように
自分のなけなしの良心をくするぐる存在を思考から完全に追い出す
ゆっくり、ゆっくり、闇に溶けていく感覚の中、ほんのわずかに悲しげな瞳をして自分を見る女の姿が浮かんだ
(・・・・すまんな)
それでも、その姿もまた、一言の謝罪の言葉と同時に自分の中から消し去った
そして、すべてを退け、完全に闇と同化したことを感じ取ると、ゆっくりと瞼をあけた
変わらず自分を襲う強風・・・だが、先ほどよりもわずかに明るくなったことに
自然と上空へと視線を向ければ
強風が雲を追いやったのか、青白い光を放つ月が姿を現していた
太陽の陽射しとは違う、冷たい光を一瞥すると、僚はゆっくりとライフルへと近づく
もう、僚の中に「香」の姿は無かった
あるのは、ただ、依頼通りターゲットを消し去ることだけに集中する冷酷なスナイパーの姿だけ
スコープを覗き見れば、報告通りターゲットが姿をあり、ほんの一瞬だけ口角があがる
ゾクゾクするような緊張感の中、全神経を集中し、ゆっくりと引鉄に力を込める・・・
「・・・・さよなら、だ」
餞別とばかりにつぶやいた言葉は、風にかき消され
・・・・そして、一人の命がその瞬間、この世界から消え去った
fin
「JUPITER」 song by BUCK-TICK
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