忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Letters




楽しみがあるときは、いつもドキドキしていた
明日のことを考えると眠れないことがあった

胸が痛くなるほどドキドキして
いっそ、夜が明けなければいいとさえ思った
目が覚めなければいいと願うこともあった

けれど、いつも夜は明けて
そして、あたしは目を覚まし・・・現実をみつける


まだ少し温かいご飯と一緒に載せられた一枚の手紙


幼い頃は父が・・・
少し大きくなった頃は・・・アニキが・・・書いたもの


けど、誰が書いても内容は同じだった
書かれているのは、本当にすまなさそうな謝罪の言葉

その瞬間、ドキドキは止まり
変わりになんともいえない気持ちになった
ドキドキは、楽しみからのドキドキじゃない
こうして、置手紙があるんじゃないかっていう不安のドキドキだった

前日の夜に何度も「明日だよ、明日だからね」と念押ししても
「はいはい、わかってるよ」と苦笑されても・・・・
朝起きたら誰もいない現実
父のときはまだいい、アニキがいてくれたから
でも、アニキのときは・・・・誰もいなかった

幼い頃は不満を言えた
けど、物心がついてしまえば、それらは言えなくなった

父もアニキも、『正義』を貫いている
たくさんの人を守るために働いている
それがわかっていたから、あたし一人の我侭を通すことは、できなかった
してはいけないことだと思った


だから、あたしにできるのは、用意された朝ごはんを一人で食べるしかなかった
用意されたお弁当を持って一人で遠足に行き、運動会を一人で過す
寂しかったけど、その寂しさを伝えることなどできはしなかったから
せめてとばかりに一人でちょっとだけ泣いた


そして、今、僚と暮らすようになってから・・・その『置手紙』は滅多に見なくなっていた
そもそも、僚は夜い出て行くことが多いものの、あたしに「行ってくる」と言って出ることが大半だった
まぁ、こっそり抜け出そうとすることも多々とあるけど、たぶん、わざとあたしに気配を悟らせている

イライラして、ムカムカすることは一年中だけど・・・
それでも、実はほんの少しだけ・・・安心もしていた

朝目が覚めたら・・・僚はいる
お酒くさくても、香水くさくても・・・僚はいる
起きて少ししたら、派手な音をたてて帰ってきている

あの、『置手紙』だけは・・・どこにもない
それが、ほんの少しだけ嬉しかった

それでも、・・・・・たまに、本当にたまに・・・
僚も置手紙を置いて出かけることがある

『ちょっと出かけてくる』

そう書かれた手紙
内容は「ちょっと」でも実際は「ちょっと」なんてものじゃないことが大半だけど・・・
一週間も二週間も姿を消すことなんてザラだった

最初は不安で不安でしょうがなかった
僚が一人でどこかへ行ってしまったんじゃないか?
置いていかれたんじゃないか?
そう思うこともあった


・・・・でも、月日を過すうちに、「あぁ、これはあたしに言えない仕事なんだな」とわかった
帰って来るときに、香水に隠れてわずかに強くなった硝煙の匂い
見えないようにしているけど、確実に巻かれている包帯
増えている傷に、ほんのわずかだけ匂う血の匂い

それら全てが、あしたに僚の『裏の仕事』というものをわずかながらに教えていた

けど、僚はあたしにそれらを知られたくないのか普段以上に道化を演じるから
あたしもあたしで、僚にあわせていつものように振舞う

ハンマーして、怒鳴って・・・・いつものあたしを必死に取り繕う

けど、待っている間、・・・・この間のあたしの不安は凄まじいものだった

朝起きたら、僚が居ない
あるのは、置手紙だけ

信頼してる
僚は大丈夫

そう思っても
そう何度も言い聞かせても

過去があたしに不安を与える

まるで、時間が戻ったように、父とアニキの記憶が脳裏をかすめ
ひとり膝を抱えて眠れない夜を過したことも実はかなり多い

なぜ、男の人たちはみな、置いていかれる者の気持ちを考えないんだろう
置手紙一枚置いておけば、すまされるなんて思ってるんだろう
帰ってきて謝罪すればそれで済まされると・・・本当にそう考えているんだろうか?

そういえば・・・父も、アニキも、僚も、まったく違う人なのに
まったく違う性格なのに・・・・最後の一文は、どれも同じだった


『早く帰るから』

『今晩は必ず帰るよ』

『すぐ帰る』


嘘つき、どの言葉も嘘

早く帰ると言えば言うほど、早くなんて帰ってこれなかった父
今晩と指定しておきながら、早朝に帰ってきて眠っていた兄貴
すぐ帰ると言って、長い時間留守にする僚

嘘なら、こんな気休めな言葉いらない
いっそ置手紙なんて残さないで、あたしを叩き起こしてくれればいいのに
言い訳でも何でもたくさん言って、そして、『いってくる』と言っくれたほうが何倍も何十倍もマシなのに
けど、誰もそんなことはしてくれなかった

すまなさそうな、申し訳なさそうな顔をしていつも『ごめん、遅くなった』と言って帰ってきた
・・・・けど、父とアニキは・・・・・・


バタン・・・



深い思考の海に身を投じていると、ふいに耳に扉の開く音がした
ちゃんと帰ってきた音がした
いつの間にか強く握り締めていた手紙
ほっと息をつき、力を抜く体
わずかにゆるむ涙腺

情けなく緩む自分の顔を必死に普段の顔に戻し
あたしは置手紙をポケットへと突っ込む
そして、わざといつも以上に音をたてて玄関へと走る

『早く』は『嘘』でも
『帰る』は『本当』にしてくれた男を出迎えるために
たぶん、いつも以上にバカな言い訳をする男のために
ご希望通り、あたしはハンマーして、怒って、
・・・・それでも、最後に『おかえり』と言うために


あたしはほんの一瞬だけ、笑みをこぼし
「僚っ!!」と生きて帰ってきた男の名前を叫んだ




「Letters」 song by 宇多田ヒカル

 

PR

Copyright © Short Short Story : All rights reserved

「Short Short Story」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]