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PERFUME OF LOVE


 

 

常に手の届くところにアイツはいた
ずっと俺の方を見て、何度も差し伸べられた手を、求められる言葉を、視線を向けてきた

しかし、俺はそれら全てを撥ね退けてきた

気づかぬフリをして
時には傷つける言葉を吐き捨てて
これ以上傍に寄らないように、来ないように
まるで威嚇でもするかのように、アイツを近づけさせなかった・・・

だが、実際の俺はその手を取り、その言葉に答えたかった
視線を絡め、できることなら、アイツを強く抱きしめたかった

それをしなかったのは、アイツが俺のパートナーである前に
親友からの預かりものであり、何よりも大事にしてきた存在だと知っているから
硝煙やガンオイルが染み付いた俺なんかの傍に置くには、アイツはあまりにも綺麗すぎた
親友が大切に大切にと育てたお姫さまを、俺みたいなヤツが触れちゃならない気がした
俺が触れることで、俺の傍にいることでアイツが・・・・香が、汚れるような気がしてならなかった


(・・・・あの晩も、そうだったな)


アパートに戻ると、珍しく香がひどく酔っ払っていた
散々飲んだのか、周囲にばら撒かれていた空いた缶に眉を潜めている俺に
香は唐突に口を開いた




「僚はさぁ、酷いよねぇ」




気だるげに、わずかに語尾を延ばしながらも、ぼんやりとした眼で香が俺を見る



「いろいろ理由をつけて、いっつもあたしを無視してさ・・・・」


「ねぇ・・・・あたしに触れるのが、そんなに・・・・怖い?」



そう言って香は酔っ払いとは思えぬほど、艶を帯びた微笑を浮かべ
小さく「弱虫」とだけ呟くと、ふっと糸が切れた人形のように意識を手放した


倒れるように眠った香に、俺はどんな顔をしてみていたのか
香がまさか俺の隠していたそれらを見抜いていたとは思わず
情けないことに、一瞬動けなかった

その後、香を抱き上げベッドまで運ぶという作業に移るまで
ずいぶん時間がかかった

香をベッドへと運び、ゆっくりと香の髪を撫でる
柔らかな髪から漂うのは、シャンプーの清潔な匂いだけ
どんなに土ぼこりを被ろうと、硝煙の匂いを覚えようとも
その体には、まだ・・・・俺たち『裏』の本来のにおいは染み付いてなどいない

それが俺には香がまだ『表』に帰れると言う希望であると同時に
自分と香が違う世界の人間なのだと言われているような気がしてならなかった


「・・・・怖いさ、自分でも呆れるほどに・・・な」


触れることで汚れる、というのは言いすぎだとしても
手を伸ばすことで、「女」として傍に居ることを許した時点で
平和というものが当たり前の世界から引き剥がし、二度とは戻れない
戻れるとしても、それは並大抵の努力ではかなわない・・・・


「だが、それでも・・・・」


香の手を握り締め、俺はそれ以上の言葉を封じた
望んではいけない、望むことそのものが間違っているのだと言い聞かせ
俺はゆっくりと香から手を離し、部屋を後にした




俺はそれ以来、いつも以上に帰宅の足が遅くなっていた
香がどんなに怒鳴り、怒り、時折心配そうな顔を見せても
俺は一人新宿の街をあてもなくふらついていた・・・・



「なぁにやってんだかねぇ」




まるで逃げているかのような自分の行動に苦笑しながらタバコに火をつける
実際に逃げている、ということは重々承知なのだが
それを真正面から受け止められず、ただ知らぬフリをする

自分の欲望も、弱さも、なにもかも気づかぬフリをすることでしか
今の俺にはできやしない・・・・・




「そもそもさぁ・・・なぁんで俺なわけ?」




大事な大事な妹を預けた槇村
他の男もいただろうに、そいつらの方を向かず俺だけを追ってくる香
自分でも太鼓判を押すほどのロクデナシに、なぁんつーことしてんだよと内心苦笑する
どこまで兄妹そろっれお人よしなのか・・・それとも奇特とでも言えばいいのか・・・


(だが、そんなお人より兄妹のおかげで・・・・・・変わってきたのもまた、事実なんだよなぁ)


槇村との出会いをきっかけに、わずかに何かが動き出し
香との出会いが、さらに拍車をかけた
周囲のヤツラから「変わったな」と声をかけられることも珍しくは無い


それだけ、俺はあの兄弟から様々なもの得てきた。与えられてきた
特に香からは『表』という場所で当たり前とされてきたものを・・・
惜しみなく、自然と・・・・与え、注がれてきた



それは『生活』であり、『温もり』であり・・・『愛情』であり
とても一言では言えないものばかりで・・・


誰よりも俺に近い場所に置いていることで
アイツが俺に与えてくれたものが。当たり前とされているものが
いつ壊れるかわからないというのに・・・・アイツは、どんなときも、どんなことがあっても
毎日、毎日、惜しみなく俺にそれを与え続ける



「俺がお前に触れる・・・・なんて、・・・どんなタチの悪い冗談だよ」



奪いたくなどない
自分が欲していたもの、今でも欲し続けているものを与えくれる女を
これ以上、どうしろというのか・・・・・



(あの手を、あの髪を、体を・・・・これ以上『俺』に近づけさせることなんざ
きっと、槇村も許しやしねぇだろうさ・・・)


俺は吸っていたタバコを足でもみ消すと
再びネオン輝く街へと足を踏み入れた





香は女神じゃない、聖女でもない、聖域でもない
香は俺にとって、世界で、たった一つの・・・・




 

PERFUME OF LOVE   song by   globe 
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